映画『宝島』を見た。
ネット上では賛否両論が飛び交っていますが、「見聞きしていた時代をここまで追体験できるのか」と衝撃を受けた。
私が生まれる前、米軍統治下の沖縄を肌で感じられるような作品だった。
それだけではなく、米軍基地問題に共通する『言葉にならない複雑な感情』を、上手く汲み取った作品だと感じた。
米軍基地問題は、とても一口で語れるものではない。賛成や反対の2択ではなく、100人いたら100通りの考え方があると私は思ってる。
沖縄県民でも上手く伝えるのが難しい問題に映画の制作陣は向き合い、理解しようとし、世に問いかけるような作品として形にした。
それが『宝島』なのだ。
レビューではなく、いち沖縄県民として思ったことを綴ります。
(以下ネタバレ注意)
- なぜ、宝島を観に行ったのか。
- スクリーン越しのタイムスリップという追体験
- 沖縄言葉の違和感、仕事してない。
- メインキャストが沖縄出身ではない役者であるということ
- ジェネリックな世界かもしれないけど
- 「なんくるならんどー!!!」という叫び
- コザの街を知る母が語ったこと
- おわりに
- 2025/09/25追記
- あとがきと言う名のおまけ
なぜ、宝島を観に行ったのか。
宝島を観に行こうと思ったきっかけは、『コザ暴動』を取り扱ってるからです。(ちなみに、原作小説は名前を知ってはいたけど読んでないです。)
宝島という物語そのものはフィクションですが、『コザ暴動』『宮森小学校米軍機墜落事故』等の米軍統治下時代の事件・事故は本当にありました。沖縄では子供の頃に平和学習の一環で習います。
平和学習で学んだときの記憶、テレビやネット等で見る画質の荒い画質の写真や動画、映画を一緒に観に行った両親(父は実際に燃えた車等の光景を翌朝見ている)の話を聞いてるだけだと、こんなことがあったんだよね……忘れないように、伝えていかなきゃいけないなぁと思っていたが、実際にどんなことが起こったのか実感が無かった。
スクリーン越しのタイムスリップという追体験
だが、映画では米軍統治下の時代を追体験できて脳に強烈に焼き付いた。
スクリーンの向こう側は本当にタイムスリップしたような感じだった。沖縄が舞台だと「どこで撮ったのかな……」と思いながら、ついつい演者ではなく背景も見てしまう。(最近だと『ミラクルシティコザ』や『ゲート・オン・ザ・ホライズン〜GOTH〜』等。)
そんなことを考えられなくなるぐらい、徹底的に作り込まれた世界に引き込まれ、没入していた。そう感じた点をいくつかピックアップして紹介をするならば……
- アスファルトではなく土の上を走るクラシックカー(もちろん左ハンドル)
- 木造建築の小学校(母も脱脂粉乳を飲んでいたらしい)
- 手描きの看板やAサインバーのレトロな店内(祖母の家にあったピエロが描かれた鏡と全く同じものがあって驚いた。昔はよく売られていたとのこと。)
- 二重のゲート(嘉手納基地のゲートが昔は二重になっていた)
- 身に纏っている衣類(着物姿の人とスーツやブラウス姿の人、どちらも見えている。)
あと個人的に、作品中ではベトナム戦争が始まった以降には白人しかいなかったアメリカ人の中に黒人がいるのも印象的だった。コザ暴動は胡屋十字路やゲート通りで近辺で起こった出来事だが、そこから坂を下りたコザ十字路の黒人街にも触れていることに驚いた。
莫大な資金を投じ人を集めて、可能な限り米軍統治下時代という沖縄という過去を再現し、当時の空気を感じられそうな映像がスクリーンには広がっていた。
また、映画を観終わったあとは私の両親は米軍の統治下時代の話、本土復帰運動のこと(平和行進の日は半ドンだったとか)等、思い出話や噂話までもいっぱい語ってくれました。当時は小学生でリアルタイムを生きた世代には頭に過ったものがあったのだろう。
沖縄言葉の違和感、仕事してない。
あと、ウチナーグチ(沖縄言葉)の再現度が高い。私の中では違和感ほとんど無い。そこがすごいと思った。
こんな事を書くとアレかもですが、大友監督が手掛けたNHK朝ドラ『ちゅらさん』の再放送を去年見いたので、「今一度見ると本土の人がウチナーグチやると違和感すごいな……」なんて思ってました。
けど、『宝島』に関してはそういうこと思わなかった。出演するキャストが徹底的にウチナーグチに身体ごと沈めて、骨の髄まで言葉を染み込ませたように思えた。
沖縄以外の人からすれば「何言ってるかわからない」と思ってしまうかもしれないが、気迫に満ちた演技には圧倒されること間違いないし、当時の沖縄県民がどんな感情を抱いていたのかは、たとえ言葉を知らなくても3時間という長丁場を通してきっと伝わると信じてる。
メインキャストが沖縄出身ではない役者であるということ
Xやネット上で感想を見ていると、「メインキャストには沖縄出身俳優、女優を使うべきだ」といってる本土の人がすごく多かったけど、私はこのキャストでよかったんじゃないかなと非常に思っている。
沖縄出身の人がメインキャストを演じると、幼少期に学んだことや親や大人から聞いた話が強すぎて「どうせナイチャーにはわからないさぁ」という感情が出てしまうような気がする。(※あえて差別的な言葉で書いてます。)
そうやって差異が生じることによって、監督が伝えたかったことが濁ってしまう可能性がある。
でも、大友啓史監督を筆頭に『宝島』の制作陣とキャストは限界の限界まで向き合ってくれた。全く知らなかったであろう米軍統治下の沖縄の事を知って、考えて、向き合ってくれた。非常によかったと思う。
ジェネリックな世界かもしれないけど
こう書くと聞こえが悪いかもしれないけど、スクリーン越しの世界はたしかにニセモノであり、ジェネリックな世界が映し出されているかもしれない。
当時のことを知らないどころか、その土地で生まれ育っていない人が一生懸命作品を作ったとしても、ソレっぽくなってしまう感は否めないと思うんです。どんなに頑張っても絶対限界があるから。
……でも、沖縄の人が感じる怒りや悲しみ、悶々とした気持ちを本土の人が寄り添ってここまで映像として再現したことは本当に素晴らしいコトだと思う。
そして、それを大きなスクリーンで多くの人々に伝えて、未来に残すことができた。
東京オリンピック、大阪万博という日本が輝いていた頃、影の部分だったといえるような、この時代の沖縄をスポットライトをあてた大規模な映像作品を作ったことに私は感謝してます。
正直、昨今は『コザ騒動』なんてマイルドな表現で書かれたりしているけど、マイルドにすると良くも悪くも人間は忘れてしまうので、少し不安に思ってました。
でも、作品中でははっきりと『コザ暴動』と言っていたし、描かれていたのは沖縄県民の怒り、悲しみ、悶々とした気持ち……そして限界に達した感情の暴走であった。
「なんくるならんどー!!!」という叫び
米兵に虐げられても、不条理なコトをされても、いざ米兵に外出禁止令が出されてしまうと経済が回らなくなってしまう。当時の沖縄は基地に生かされている一面がある。
……だからこそ尋常じゃないほどの抑圧される感情があって、コザ暴動の夜は「なんくるならんどー!!!」とグスク(妻夫木聡)は叫んでいた。
あの地区にいた沖縄県民の皆が皆「どうだ!!!やってやったぞ!!!!ざまぁみろ!!!!!」という感情に支配され、大量の車をひっくり返して火をつけた。祭りのように三線と音色と指笛が飛び交い、人々はカチャーシーを踊っている。狂喜乱舞とはこういうことであり、文字通り『狂っていた』のだ。
「なんくるないさ~」という言葉や精神は沖縄独特であり、沖縄県外でも知られている。一番の山場に「なんくるならんどー!!!」という言葉で感情を表現し持ってきたことは、見る人々の頭に強烈に残ったであろう。
それでも、コザ暴動は死者を出さなかった。4人に1人が殺されてしまった地上戦を経験してるからこそ、どれだけ狂っていたとしても、その一線は決して越えてはいけないという共通の強固な意思があったんだな……と、子供の頃に平和学習で学んだときから私は感じている。
コザの街を知る母が語ったこと
だが米兵の眼の前には『戦争』があり、彼らは明日戦地で死ぬかもしれない人達であることは決して忘れてはならない。
たとえ沖縄は戦地ではなかったとしても、戦争によるフラストレーションが沖縄県民(特に女性に対しては)に向けられてしまう。基地として土地を負担したりだけではなく、こういった捌け口ような一面も沖縄には出てきてしまうのは必然なのだろう。
湾岸戦争、イラク戦争の頃のコザの歓楽街には気性の荒いアメリカ兵が沢山いたんだよ……と、私の母は語っていた。
隣り合わせになってしまう場所もあったけど、白人はセンター通りのライブハウスでロックを聴き、黒人はゲート通りのソウルバーでブラックミュージックを楽しむという形で、地元民としては衝突を避けようとしていた。
それでもトラブルは絶えなかった。酔った兵士同士のケンカになるとナイフを突き出したり、コンクリートブロックを勢いよく頭に落とそうとする程のことをしたそうだ。さらにタクシー運転手や通りを歩く女性が被害に遭う事件も起こっていた。
今は平和だからこそ、米兵は中国侵攻の抑止力になっている。だが再び戦争が起こればきっと同じことが繰り返されるかもしれない。だから、それを含めても戦争は決して起こってはならないコトなんだよ……と、映画を観た翌朝に言われました。
おわりに
この記事を書きながらインターネット上の意見を「雑然としている、焦点が定まっていない」という意見があったが、そこまで含めて沖縄だと地元民としては思ってしまう。
フィクションをベースにした映画で約3時間かけただけでは、説明できない。混沌としているのが『米軍基地と沖縄』なんだ。(批判的な意見を言う人の中には『ゴザ騒動』『ゴザ暴動』などと言葉を間違えてる人がいて、私はすごく複雑でした。。)
それをなんとか映像にし、当時の狂乱と熱を表現できたことはある意味奇跡のことのように思える。
だから……これをキッカケに米軍統治下の沖縄を知ってほしいし、考えてほしい。映画のスタッフロールでは当時の写真も出てきていたので、この映画がキッカケで米軍統治下時代の沖縄の関心を持ち行動する人が出てくること切に願ってます。
大友監督、制作スタッフ、そして演者の皆様……最高の映画をありがとうございました!
2025/09/25追記
思っていた以上に読まれていて非常にびっくりしてます。ありがとうございます。
ウタの話、私が見てきたコザの街などの話を別の記事で書きますので、少々お待ちください。
あとがきと言う名のおまけ
実は、原作小説は知っていたけど「ナイチャーが書いた沖縄の過去を描いた小説なんて」と偏見丸出しで読む気になれなかったです。今はそんな私を思いっきりグーパンチで殴りたい。
あと、できればパンフレットもしっかり読んでから記事を書きたかったです。だけど……まさかの完売!!!
シネマライカムで上映3日目の朝で完売ってマジですか。。きっとロングランになるだろうし、増刷してまた入荷しますように。
4500文字強の記事ですが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!